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前橋地方裁判所 昭和35年(行)1号 判決 1967年4月20日

原告

三俣貞雄 ほか一名

被告

群馬県教育委員会

主文

本件訴えは、いずれもこれを却下する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告ら

被告が昭和二五年四月二〇日に原告三俣貞雄に対してなした依願免職処分、昭和二四年一二月三日に原告金田与一に対してなした依願免退職処分、および前同日原告小林悟に対してなした依願退職処分は、いずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の申立)

主文第一・二項目同旨。

(本案の申立)

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  原告ら主張の請求原因

一  原告らはいずれも群馬県内の公立学校の教育公務員として被告によつて任用され、原告三俣は昭和二二年四月から教諭として群馬県多野郡新町立新町中学校に、原告金田は同年同月から同じく教諭として桐生市立昭和中学校に、原告小林は昭和二三年三月から助教授として伊勢崎市立茂呂中学校に、それぞれ勤務していたものである。

二  原告らはいずれも、被告に対し、原告三俣は昭和二五年四月二〇日に、原告金田および小林は昭和二四年一一月三〇日に、それぞれ退職願を提出し、これにより被告は、同年一二月三日、原告金田に対しては依願免職処分を、小林に対しては依願退職処分をし、原告三俣に対しては同日付で休職に付し、ついで昭和二五年四月二〇日依願免職処分をなした。

三  しかしながら、みぎの被告の原告らに対する依願免職・退職処分(以下単に「本件免職処分」という)は、以下1に述べるように実質的法律的には懲戒免職処分であるところ、みぎ処分は後記2の理由により無効である。

1  被告は、昭和二四年一一月頃連合国最高司令官総司令部の示唆をうけて、群馬県内の公立学校および教員組合から共産主義者ないしその同調者と目されるものを追放すべきことを企て、これを実施すべく、みぎに該当するものとして原告らを含む群馬県教員組合員三三名、同県高等学校教員組合組合員五名の合計三八名を指名した。

そして、被告は、昭和二四年一一月二九日みぎの方針に従い、原告らを含むみぎ三八名が所属する各学校の学校長を介して、みぎ三八名に対して具体的な事由を明示することなく単に「不適格者」であるとの名目の許に辞職すべき旨を勧告し、同時にこれを容れて退職願を提出するのであれば依願免職ないし退職として扱い、規定に従つて退職手当等を支給することとするが、もし退職の勧告を拒否するのであれば懲戒休職ないし免職処分に付すことおよび休職給ないし退職手当等は支給しない旨、ならびに二四時間以内に諾否を回答すべき旨を申し入れてその退職を強要した。

原告らは、いずれもみぎの勧告に従つて退職する意思は毛頭なかつたものの、当時においいては、みぎの被告の退職要求を拒絶すれば懲戒休職ないし懲戒免職に付せられるであろうことは必至であり、かくてみぎの懲戒処分をうけたときは当時においてこれを争うことは著しく困難な情勢にあつた上、退職手当、恩給受給権等をも失い、即日その生活に窮するに至ることも容易く予測されたことから、やむなくその意思に反して前示被告の要求を容れて、前記のとおり被告に対し退職願を提出したものである。

原告らが退職願を提出した経緯は前記のとおりであつて一応原告らの申出に基づく依願免職ないし依願退職処分の形式がとられているが、それは、原告らを共産主義者ないしはその同調者とみたててこれを教育界ないし教育職員組合から追放せんとする違法行為を糊塗せんとしたがためにほかならないものであるから、本件免職処分は前記のような手続ないし形式にも拘らず、その実質は法律上懲戒免職処分とみるべきものである。

2  そして本件免職処分には、以下に述べるような重大かつ明白な瑕疵があるので、そのいずれの事由によるも無効である。

(一) まず、本件処分はさきに詳述したとおり、被告が前記の群馬県内の教職員組合ないし教育活動から共産主義者ないしはその同調者を排除すべき旨の示唆に従つて、原告らを共産主義者ないしはその同調者とみたてて、その職を免じようとする意図のもとになされたものであるから、思想信条の故に原告らを差別して取り扱つたものに外ならないというべく、従つて、本件処分は憲法第一四条、労働基準法第三条に違反するものである。

(二) 原告らは、いずれも、前記退職の要求をうけた当時群馬県教員組合の組合員で、原告三俣は同組合県本部の度任執行委員、調査部長、賃金専門委員長、原告金田は洞生市教員組合委員長、群馬県教員組合協議会副委員長、県本部書記長、原告小林は県本部青年部員の地位や職務にあつたもので、みぎ組合の正当な組合活動を活発に行つてきたものであるところ、本件免職処分は、被告が原告らのみぎ正当な組合活動を嫌悪し、原告らを組合活動から排除する目的のもとになしたものであり、同時に組合の活動を妨げこれに支配介入する意図で、なしたものであるから、労働組合法第七条第一号・第三号や憲法第二八条に違反するものである。

(三) 原告らに対する本件免職処分は、前記記載のとおりなんら懲戒の事由を明示することなく、かつ、原告らにはなんら懲戒に値する事由もないにも拘らず、被告はこのことを知りながら前記のとおりの目的から本件免職処分にでたものであるから、本件免職処分は、被告において著しく懲戒権を濫用したものというべきである。

四  さらに、仮に被告の原告らに対する本件免職処分がその名目通り原告らの願に依るものであつて、懲戒免職処分にあたらないものとしても、次に述べるところにより、みぎの処分は無効である。

もともと、公務員の勤務関係はこれを公法上の労働契約に基づくものとみるべきところ、任命権者がなす公務員に対する依願免職・退職処分は、公務員の退職の申込みすなわち公法上の労働契約の合意解除における公務員の解約申入れとこれに対する任命権者の承諾の意思表示により成立するものである。

1  ところで、原告らが前示退職願を提出したのは、被告から前記のような趣旨の趣旨の辞職を強要されたことによるものであつたから、原告らは、みぎ強要を拒み得ず極度の窮迫の状況に立ち至り、やむなくみぎの退職の申入れをしたものというべく、そして、被告は原告らのみぎ退職願が極度の窮迫の許になされたものであることを知悉していたのみならず、むしろ被告は自ら原告らをみぎの窮迫の境に陥らしめ、原告らをしてみぎ退職願の提出による退職の申入れを余儀なくせしめて、これを承諾する挙にでたものである。従つて、被告は原告らの窮迫に乗じて原告らの身分ないし職を剥奪する不利益を原告に強いたものというべきであつて本件免職処分は民法第九〇条により無効である。

2  また、原告らは、憲法第一四条、教育基本法第六条・第一〇条の精神および労働契約により、その意に反してその身分を剥奪されないことが保障されているが、依願退職にあつてはかかる制約と関係がないところから前示のように退職願の提出を強要せしめたが、これに応ずる被告の承諾の意思表示は、被告の前記のような意図に基づく違法な思想信条による差別取扱いないし不当労働行為にあたる原告らの免職を遂げる目的で、あえて原告らの退職の申入れを求めこれを承認したもので、被告のみぎ承諾の意思表示は前記違法を潜脱し前示制約を免れるために合意を装つた意思表示であるから、それは脱法行為として無効である。

3  さらに、被告が退職の申入れをなすべき旨を原告らに強いた動機ないし目的は前記に縷々述べたとおりであるところ、これらの被告の目的ないし動機は、前記のとおり憲法第一四条、労働組合法第七条に違反する違法のものでありかつこれら目的ないし動機は原告らをして退職申入れをなさしめた誘因であると同時に、被告が原告らのみぎ退職申入れを承諾する動機となつたものないしは承諾することによつて遂げようとした目的にほかならず、これら被告の動機ないし目的は原告らに対し当時明示ないし黙示に表示されていたものであるから、原告らの退職の申入れに対する被告の承諾である本件処分は憲法第一四条労働組合法第七条に違反し無効のものである。

五  なお、仮に公務員に対する退職(依願退職)処分を被告の主張するように公務員の同意を要件とする任命権者の一方行政行為と解するとしても、前記四に述べたないしの事由によりその行政行為が違法であることに異なるところはない。すなわち、被告主張のように解するとしても、そこにいう行政行為は承諾に類似する行為であるか、あるいは承諾をその不可欠の要素とするものであるから、本件免職処分が前記主張のような目的ないし動機にでたものである以上、被告のなした承諾が無効であると解すべき前記四の1ないし3に述べた法理は同じくその適用をみるべきことは明らかである。かつ被告主張のように解するときは、それが剥権行為たる一方行為とみられる以上、前記のとおりの違法を、直ちに、すなわち、被処分者の意思によるところなく直截に形成するものというほかないから、憲法第一四条、労働組合法第七条に違反するとの瑕疵があるとの評価をより強く受けねばならないものというべきである。

六  以上のとおり、被告が原告らに対してなした前記各依願免職処分ないし依願退職分はいずれも無効のものであるところ被告はそれを争い、原告らが冒頭一記載の公立学校の教育公務員たる地位にあることを否認するので、前記各依願免職ないし依願退職処分の無効であることの確認を求める。

第三  被告の主張

一  本案前の抗弁

1  原告らの本訴請求は教育公務員たる原告らに対してなされた依願免職・依願退職処分が無効であることの確認を求めるものであるが、この請求は、行政事件訴訟法第三六条に規定する現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができる場合にあたるから、原告らは本件免職処分の無効確認を訴求することは、許されず、本訴は、不適法である。

2  仮に、みぎの主張が理由ないとしても、原告らは以下に述べるところにより本訴において本件免職処分の無効確認を求める法律上の利益を有しない。すなわち、

原告三俣・同金田は、従前小学校令(昭和二三年勃令第二一五号)施行当時より小学校教員免許状を有していたものであるところ、みぎの免許状は昭和一六年三月一日国民学校令(昭和一六年勃令第一四八号)が施行されるに伴い同法第一八条の規定により授与された国民学校教員免許状とみなされ、同一法規定の免許状中相当のものと同一の効力を有することとなつた。ついでみぎの免許状を有する原告三俣・原告金田は、昭和二二年四月一日学校教育法の施行により同法および同法施行規則(昭和二二年文部省令第一一号)附則第九六条ない第一〇六条の規定により中学校教諭仮免許状を有するものとみなされ、原告小林は同じくみぎ施行規則附則により中学校教諭仮免許状を有するものとみなされた。ついでいずれも昭和二四年五月三一日に公布され、同年九月一日に施行された教育職員免許法(同年法律第一四七号)同法施行法(同年法律第一四八号)により、原告らの学校教育法等により有するとみなされた免許状について、原告三俣・金田らは中学校教諭普通免許状を原告小林は同じく中学校教諭仮免許状をそれぞれ有するものとみなされるとともに、昭和二七年三月三一日までに新免許状を交付を受けなければならないものとされ、また、同日までは前期教育職員免許法第二・三条の規定にもかかわらず相当職員であることができるものとされた。しかるに、原告らは、いずれも、同日までに教育職員免許法所定の免許状の交付をうけなかつたものである。

そして、同法所定の免許状を有することは現在の教員たることの資格要件であるのであり原告らはみぎに述べたとおり前同日以前に免許状の交付をうけず、かつ同年四月一日以降同法所定の免許状を有しないものとなつたのであるから、同日以降は教育職員たる身分と職とを絶対に有し得ないものである。

従つて、本件免職処分が仮に原告主張のように無効であるとしても、原告らは、従前の教育職員たる地位と職とを回復し得ないものであるから、本件免職処分の無効確認を訴求する利益を有しないものである。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因一・二の事実は認める。

2  請求原因三の1を争う。被告が原告らに対し退職を勧告した経緯は次のとおりである。

(一) 被告は、教員不適格者の整理を企画し、昭二四年一一月七日地方自治法附則第五条により準用される文官懲戒令(昭和二一年勅令第一九三号による改正前の官吏懲戒令)第二条第一・二項に準拠して、群馬県内の公立学校の教育公務員に関しその職員たるの適格を欠くものと認むべき基準を定め、これに該当する者はその職を辞させることとする旨の方針を決定した。そして、調査の結果原告らを含む三九名をみぎ基準による不適格者に該当する者と認めたので、被告は、みぎの文官懲戒令に従い県職員委員会に審査を求めたところ、同月二三日開備の同委員会は、原告ら三名を含む三八名については、懲戒処分に付するを相当とするものと認め、同時に、予め被告からはかつていたみぎの者らに対しまず辞職を勧告し、もし退職の申し出ない場合においては懲戒処分とすることについても、了承した。

なお、前記基準は、(1)教育基準法第八条に違反する行為ありと認められる者、(2)「学校における政治活動禁止の通牒」に違反したと認められる者、(3)教育当局の教育政策の決定に妨害を加え、又は加えようと企図したと認められる者、(4)教育当局の決定した政策に協力せずその運営に障害をなすと認められた者、(5)所轄長の教育方針に協力せずその意思に反する行動をなすと認められた者(6)勤務成績甚だ不良と認められる者、(7)性行不良にして教師として不適当と認められる者、(8)教育職員として不適当な事由ありて地域社会の公正な世論から指弾を受ける者、(9)教育関係法規並に教職員服務に関する諸規定に違反する行動ありと認められた者、とされた。そして、みぎの(1)ないし(6)と(9)は文官懲戒令第二条第一項に、(7)と(8)は同条第二項にあたる理由である。

(二) そして、原告三俣は、(1)群馬県教員組合執行委員にして、かつ、同組合本部専従職員として活動中、昭和二四年七月被告委員会の教育基本法第八条に則り「学校内における政治活動禁止」の原案審理に際し、その審理に妨害を加え審議未了に終らしめんと計画し、その実行に及び、(2)同じく定員定額制による行政整理に際し、被告委員会の政策決定の妨害ならびに中傷をなしたのみならず平素の性行不良の者である。

つぎに、原告金田も、当時組合洞生支部長および本部執行委員として原告三俣とともに、みぎ(1)の被告委員会の審理妨害に参画し実行したものであるほか、同組合事務所を自己の勤務する中学校内に設けたものである。

さらに、原告小林は、昭和二三年一一月頃伊勢崎市における特定政党の事務所建築費を得るため生徒より寄付を求め、数名から募金したほか、協調性に乏しく、学校長の教育方針ならびに学校運営に反抗し、教師としての適格を欠く者である。

(三) それで、被告は、原告らに以上の所為や不適格の点があり、いずれも前記基準に該当するものとして原告らに対しその所属の学校長を介して退職の勧告をなし併せて前記被告の方針と意向を伝えてその回答期限をつけた。しかし、当初の回答期限は二回にわたり順次遷延され、その結果、原告らはみぎ勧告を了承し、かつ、自由な意思決定により原告ら主張の日時にその主張の退職願を提出したものである。

従つて、本件免職処分を懲戒処分とみることはできない。

3  請求原因三の2の(一)を否認する。被告のなした退職の勧告は前記のとおり被告が独自の教育行政上の固有の見地から法令に準拠して定めた相当な基準に従い所定の手続を経た上でなしたものであつて、原告らが主張するような動機ないし目的のもとにでたものではない。

同(二)のの事実のうち原告三俣が群馬県教員組合本部度任執行委員、同調査部長であつたことは認めるが、その余の同原告の地位および他の原告らの地位は知らない。またその余の主張を否認する。

同(三)を争う。もともと、本件免職処分は現行の人事院規則にいう辞職承認にあたるものである。そして辞職承認処分が適法有効であるか否かは、当該職員から明確な辞職の申出があつたか否かの一事にかかるものであつて、明確な辞職の申入れのある以上、その辞職承認免職処分におけるようなその職を免ぜしめるに足りる特段の事由のあることを要しない。また、原告らには前記のような懲戒免職処分に該当する事由さえあつたのであるから、原告らになんら職を辞する理由がなかつたということはできない。他方、被告のなしたる勧告を機に原告らが退職願を提出したことは原告ら主張のとおりであるが、その間に、被告が原告らの意思を著しく抑圧した事実はなく、原告らは自由な意思により本件退職願を提出したものであつて、本件退職願に瑕疵があるものということはできない。従つて、これに基いてなされた本件免職処分が適法有効であることは、いうをまたないところである。

4  請求原因四冒頭の主張を争う。本件免職処分をもつて、原告らの任命権者に対する労働契約の解約申入れに対する任命権者たる被告の承諾とみることはできない。もともと依願免職退職処分は、相手方の同意ないし承諾を要件とする一方的行政行為と解すべきであつて、私法上の労働契約を類推して解釈することはできない。

(一) 同四の1の事実を争う。前記のとおり被告は原告らに対し退職の勧告をして任意辞職を促したにとどまるものであつて、これにより原告らが著しく窮迫の状況に立ち至つたものということはできない。

(二) 同四の2の事実を争う。

(三) 同四の3の事実のうち、被告が原告らに対し退職を勧告した際に、被告に原告主張のような動機ないし目的があつたことを否認する。その余の主張を争う。また、被告のみぎ勧告は、原告らが退職願を提出するに至つた単なる縁由に過ぎず、原告らは、自由な意思によつてその退職の意思を決し退職願を提出したものであつて、被告の示唆と原告の退職願の間に因果関係を認めることはできない。

5  請求原因五、六の主張を争う。

三  請求原因に対する抗弁

原告ら主張することは一つの法律行為であり、その無効を主張することは一つの権利行使であるが、かかる無効の主張は以下に述べるように権利失効の原則により許されないものである。

まず本件免職処分は昭和二四年末ないし昭和二五年四月になされものであるところ、本件訴えは昭和三五年一月二八日に提起されたものであつて、その間一〇余年を経過している。そして原告らが無効を主張する本件免職処分は、学校運営の人的組織に関する行政処分であつて、とくに団体組織に関するものであるから、とりわけ強度の法的安定性が要請されるものといわなければならない。あわせて原告らの給与請求権の消滅時効期間や不当労働行為の救済命令の申立期間に関する実定法の規定に照らせば、依願免職処分の無効を主張することが許さるべき期間は、せいぜいその処分の後一年としても決して短かきに過ぎるものではなく、五年を超える期間など考えられないものである。

ところで、免職処分は被処分者たる労働者にとつては死活にかかる問題であるからこれを不服とする者は直ちに許容された救済手段を尽すであろうことを、処分者は予期するところであるから、被処分者において、所定の期間内に、行政訴訟ないし審査請求等所定の救済手段をとらなかつた本件のような場合には、処分者において当該処分が争われないものであろうと信ずる相当の根拠を有するものというべく、加えて処分者においては、みぎの不提訴の事実から被処分者もまた当該処分の有効適正なることを是認したと容易に信ずるところである。もつとも、本件免職処分の後原告らと時期を同じくして不適格者と指名され退職した者のうちには、その後昭和二六、七年頃に至つて復職した者が数名あり、これら復職者についてはその後復職布望を容れた面もあるが、すべて新規に採用したものであつて、かつてなした免職処分を取消ないし徹回して原職に復帰せしめたわけではなく、また、みぎ復職者らも免職処分の無効を主張してその取消を求めたものでもない。さらに、免職者らのうち復職希望者も他にあつたが、それらの者にも、免職処分を無効としてその取消を求めたものはなく、新規採用を求めていた。加えて、本件においては、前期のとおり原告らは自らの意思に従つて退職願を提出したものであるから、被告は処分者としてその効力を争われることはないものと信じていたのが当然である。そして、本件免職処分後、退職金として、原告三俣は昭和二五年五月一五日頃金一二万〇、四七四円を、原告金田は昭和二四年一二月八日頃金八万七、六四一円を、原告小林は同日頃金四、二六八円を各受領したほか、原告小林は、同年六月二七日に共済組合一時金二、一三四円をも受領したものであり、さらに原告らのうちには法定の恩給期間に達していたものはなかつたが、原告三俣については昭和二五年四月二〇日をもつてこれに達するため同原告の希望を容れて前期のとおり同日付を以て免職処分とする惜置を講じた上、昭和二八年一月一日以降恩給を受給しているものである。このように、原告らが退職金等を受領したことは原告らが本件免職処分を争うものでないとの信頼を被告に与えるに充分である。みぎのように権利主張者が、その態度によつて現在の権利関係が争われることがないものと相手方を信頼せしめ、しかも、その権利主張にでることは、社会秩序維持の原則からもより強い制約に服するものといわねばならない。

加えて、本件免職処分当時と本訴提起当時とは社会労働状勢も著しく変化し、公立学校の経営・教育人事教育行政も、すべて当時とは一変した組織と規模のもとに行われているものであつて、そこにはもはや原告らを復帰せしめ得る余地はない。

以上のとおり、原告らは、本件免職処分後著しく長期間にわたり無効を主張することなく経過したのみならず、もはや処分の無効を主張しその効力を争うことはないであろうとの信頼を処分者たる被告に生ぜしめる原告らの所為があつたほか、前示のような事情のもとにあつては、本件免職処分の無効を主張することは著しく恣意的であつて、法律関係安定の理念に反し、信義誠実の原則にもととるというべきであるから、原告らの本件免職処分無効の主張は、権利失効の原則により許されないものである。

第四

一  本案前の抗弁に対する原告らの主張

1  第三の一本案前の抗弁の1の主張を父う原告らが本件免職処分の有効であるか否かによつて受くべき法的効果は、まず教職員たる地位はもとより、受くべき結与、恩給、免許のほか公的地位の取得の資格等多岐にわたるものであつて、これら利益は「本件処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に間する訴えによつて目的を達する」ことができないものにあたるから、原告らが本件免職処分の無効を請求する法律上の利益を有することは明らかであつて、被告の本案前の抗弁は失当である。

2  同2の被告主張のうち、教育職員が免許状を有しない状態に立ち至つたときは当然失職となること、従つて、原告らが現に教育職員免許法所定の免許状を有しないから、当然に教育職員の身分と職とを失い、本訴は訴えの利益を欠くとの利点を争う。

教育職員が免許状を有効に保持し得なくなつたときは、地方公務員法第二八条第一項第三号により分限免職処分の手続をとるのでない限り、当然には、被告主張のようにその身分と職を失うものと解することはできない。また、昭和二四年八月三一日生在、被告主張の各法規により被告主張のように、原告三俣、同金田は教諭仮免許状を、原告小林は助教諭仮元許状を有するものとみなされるものであるところ、被告主張の法規による昭和二七年三月三一日の新免許状交付請求の期限は、みぎ期限の根拠法規たる昭和二四年文部省令第三九号第一条が昭和二六年法律第一一四号によつて改廃された上、昭和二九年法律第一五九号附則第二条をもつて経過規定が定められ、原告ら小中学校の教諭もしくは助教諭の仮免許状を有するものとみなされた者は小・中学校の教員にあつては昭和三八年三月三一日まで、みぎの仮免許状に相当する学校の教諭の職にあることができるとされたものである。

また、仮にみぎの主張が理由がないとしても、原告らは前記の期限たる昭和二七年三月三一日までに新免許状の交付をうけることを解除条件として教育職員の身分と職とを保持して来たものであるところ、被告らは本件処分によつてその処分の日に故意にその条件の成就を妨げたものであるから、民法第一三〇条により原告らの免許状取得の条件は成就したというべきである。したがつて、被告は、本訴において、原告らが被告らが被告主張の昭和二七年三月三一日までに仮免許状の交付をうけなかつたことを以て、同日の後はすでに教育職員たる身分と職とを絶対に喪失したものと主張することはできない。

二  被告の本案の答弁および抗弁に対する原告らの主張

1  第三の二の請求原因に対する答弁の被告主張の原告らに対する退職勧告の経緯を争う。被告は官吏懲戒令に準拠した不適格者整理に基づき原告らを免職したと主張するが、みぎ官吏懲戒令は当時失効したかあるいは官公労労働者の人事関係に関する基準たる効力を失つていたものである。すなわち、まず、昭和二〇年一〇月四日発せられた連合国最高司令官の命令「政治、民権並に信教の自由に対する制限除去に関する件」によれば、官吏懲戒令は廃止さるべき法令にあたるから、同日失効したものである。また、仮にそうでないとしても、昭和二〇年一二月二二日労働組合法(同年法律第五一号)が制定せられ昭和二一年三月一日から施行されたが、国又は地方公共団体が一方的に官吏懲戒等について定め得るとする官吏関係の従前の規定は、同法第四条第一・二項の規定と矛盾するので、同法の施行によつて失効したものというべく、官吏懲戒令もその効力を失つたものである。さらに、昭和二二年三月八日および同月一八月、原告ら所属の組合の上部組合である全日本教員組合協議会および教員組合全国連盟と文部大臣との間に締結された労働協約により、官吏懲戒令は教育職員の人事関係に関しては実質的に「妥当する効力」を失つたものである。従つて、仮に、被告が前記官吏懲戒令に準拠して前記基準を決定したとしても、みぎの基準は、違法無効の法令に準拠したものとして、違法である。仮に、官吏懲戒令が有効であつたとしても、被告の主張する前記基準は、同令第二条第一・二項の趣旨を逸脱するものであつて、違法のものであり、これに従つた被告の本件免職処分は同じく違法である。

2  また、同2の(二)の事実のうち、原告小林が昭和二三年生徒に寄付金を求めた事実についても、同原告は同年五月頃放課後生徒四名より被告主張のような趣旨で一人一〇円宛の寄付をうけたことはあるが、同原告はみぎの所為が当を失していたと反省し、翌日直にそれらを返還したものであつて、到底懲戒にあたる行為ではない。また、原告金田が組合事務所を被告主張のように学校内に設置したことは認める。その余の事実は否認する。

3  原告らは、被告主張の権利失効の原則を認めるに吝かではない。しかし、本件についてもこの原則を適用して原告らが本件免職処分の無効を主張することが許されないとする被告の主張は失当である。

まず、被告は、本件におけるような教員公務員に対する免職処分の無効の主張が許容さるべき期間を僅々一年長くとも五年を超えない期間に限るべきであると主張するが、その根拠とするところは到底首肯し難い。そもそも、教育公務員たる身分は、たやすく得喪されるべきではなく、まして無効の免職処分によつて短期間に喪失せしめられるべき性質のものではない。被告主張のとおり、本訴提起は本件免職処分からかなりの日時を経ているが、本訴提起が今日に至つたのは、一つには原告ら離職者が免職処分直後に言語を絶する経済困窮に陥り、かつその就職の機会も奪われていたことから、到底訴訟費用の負担に耐え得るところではなかつたためと、他方では、当時にあつては、本件の如き趣旨でなされた免職処分については、同種の事案に関する事例からも訴訟ないし審査請求によつて争うも到底勝訴を望み得ないものとみられ、当時においては、処分者たる被告においてその処分を取り消しこれを是正するほか、一切の救済の途はとざされていたことによるのである。

さらに、原告らに対し、前記の要求がなされた際には、被告は、この要求が連合国司令官の命令によるものであることを告げ、ひたすら忍従を求めたので、原告らは、これを争うすべを知らなかつたものであつた。

しかし、原告金用は、その退職を求められた後、数日にわたつて、退職要求の撤回を求めてハンガーストライキさえ行ない、当時ともに処分をうけた訴外本庄晶ほか六名は原告らをふくむ被処分者にも有利になるように、免職処分の取消の訴えを提起し、また、その後も久しきにわたつて継続して、原告らをふくむ被免職者らは、被告に対し、文書や口頭であるいは公開の席上をかりて、本件免職処分を含む一連の免職処分を承服するものではないこと、それらは無効のものであるから、直に復帰せしむべきことを要求してきたものであつて、その間、被処分者のうちには、被告が自認するように復職できたものもあるが、原告らに対しては被告において依然復職を拒否するところから、本訴提起に至つたものである。

さらに、被告は、原告らが退職願を提出し、退職金等を受領したことをもつて、原告らが本件免職処分を争わないものと被告において信ずるに足る相当の根拠であるとする。けれども、前記のような状況のもとで、退職の要求に抗して給与は勿論のこと恩結その他一切の手当、給付を失うことにほかならない懲戒処分を甘受することは、到底通常人に期待し得るところではないし、被告は、この間の事情を了知していたからこそ、退職の勧告をしたものであつて、かかる事情がありながら、退職願を提出し退職金を受領したとの一事をもつて、原告らがもはや本件免職処分を争わないであろうと信じた根拠とすることは、到底許されないものである。

のみならず、みぎの退職要求の経緯と本件訴提起までの経過は被告において十分に知悉していたものであるから、むしろ、被告としては、後に時至れば本件免職処分は必ずや争われるであろうことを予知していたのであり、決して原告らが本件免職処分を争わないものと信じたものでなくそのように信ずるについて相当の理由があつたということもできない。

なお、本件免職処分の後の群馬県下の教育活動および教育法制は、従前通り憲法および教育基本法のもとにおいてなんら変化はなく、本件免職処分後著しい事情の変更があり、原告らにはもはや復職すべき余地はないとする被告の主張は誤りも甚だしいものである。

以上のように、本件にあつては、処分者たる被告において原告らがもはや本件免職処分を争わないであろうと信じていたものではなく、かりに信じていたとしてもそのように信ずる相当の理由があつたものとはいえないうえ、みぎに述べた本件で争われる教育職員たる地位と本件免職処分およびその後の経過からすると、原告らの本件免職処分無効の主張は信義誠実の原則に反するとの被告の主張は失当というべきである。

第五  証拠の関係

一  原告ら訴訟代理人は、甲第一号証の一・二、第二号証の一ないし六を提出し、証人小島軍造、同堀越早苗、同光山松雄、同北村三喜、同本庄昌、同新井広司、同大手利夫、同石崎知次郎、同藤倉健二の各証言、原告三俣貞雄、同金田与一、同小林悟の各本人尋問の結果を援用し、乙第一ないし第四号証の成立は知らない、同第九号証の一ないし五、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一ないし四、第一一号証の一・一二の原本の存在ならびにその成立を認める。その余の乙号各証の成立を認めると述べた。

二  被告訴訟代理人は、乙第一ないし第八号証、第九号証の一ないし五、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の一ないし四、第一二号証の一・二、第一三ないし第一五証を提出し、証人橋本興一、同狩野都美夫、同斎藤作次、同川端槌己、同高橋秀雄、同富岡俊、同小島軍造、同北爪武の各証言を採用し、甲号各証の成立は知らないと述べた。

理由

一  本件訴えは、当初、行政事件訴訟特例法(昭和二三年法律第八一号)に従い、群馬県教育委員会を被告として、原告らが群馬県教育委員会との間に群馬県内の公立学校の教育公務員としてその任用関係が存続することの確認を求めるものであつたところ、その後、昭和三八年九月五日午前一〇時の本件口頭弁論期日において陳述された昭和三八年六月一日受付の請求の趣旨訂正の申立書により、原告らは、被告が原告らに対してなした依願免職や依願退職処分の無効確認の訴えに訴を交換的に変更し、被告はこの訴えの変更に同意したものであるが、みぎの変更された訴えは、行政事件訴訟法施行後に係属するに至つたものとして、その適否は同法に従つて考察しなければならない。もつとも、変更前の訴えとみぎ変更後の本訴とが訴訟上同一の請求と目しうるものを包含するときは、本件訴訟は前期のとおり行政事件訴訟特例法施行当時に現に係属していたものであるから、変更後の無効確認の訴えの適否について行政事件訴訟法附則第八条第一項の適用により従前の例によるものとみる余地なしとしないけれども、本件においては、変更前の任用関係存続確認の訴えと変更後の本訴とが訴訟上同一の請求を包含するものと解することはできないから、たとえ訴えの変更後の本訴免職処分等無効確認の訴えは、行政事件訴訟法施行前にあつては一船にも訴えの利益あるものと解されていたとしても、その訴えの原告適格ないしその訴えの利益については、同法附則第八条第一項の適用がないものとし、同法第三六条に従つてその訴えの適否を判断するほかないものといわねばならない。

二  そこで、原告らが、本訴において、原告らに対して被告教育委員会がなした本件免職処分が無効である旨の確認を求める法律上の利益を有するかどうかについて判断する。

仮に、原告ら主張のように原告らに対する本件免職処分が無効であれば、原告らは依然として当該の教育公務員たる地位と身分を保有し、かつこれに伴う給与請求権もまたこれを保有することになるから、原告らは本件免職処分の無効を前提として当該公立学校の設置者たる市町村等その身分の帰属する地方公共団体を被告としてその教育公務員たる地位の確認を求め、あるいは給与支給義務者たる群馬県を被告としてその支払を請求することにより、その救済を求めることができるものであり、また、原告らが挙げる原告らの受くべき恩給受給権の有無、その額に関しては、原告らの恩給受給権に関してなされる恩給法所定の裁定を争うことによりその救済を達し得るものというべきであつて、本件免職処分によつて被つた原告らの不利益は、いずれも本件処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて、回復され得るわけであり、他に原告らに特に本件免職処分の無効確認の訴えによるのでなければ救済の目的を達し得ない不利益があるとは認められないから、原告らは本訴において本件依願免職処分や依願退処分の無効確認を求める法律の利益を有しないものというほかはない。

三  そうすると、原告らの本件無効確認の訴えは、行政事件訴訟法第三六条に基づき、これを不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条・第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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